Didier Merah ニューアルバム 『Eden』 Coming Soon
 

Didier Merahのひみつ:英語版プロフィールを追加

Didier Merah (ディディエ・メラ)プロフィールページに英語版を追加しました。

Composer, pianist and poet from Japan.

In the past decades, I spent as an accompaniment pianist. During that time, I engaged with various genres of music. About classical music, Contemporary music, Pop music, Spanish, Argentine Tango, Cuban salsa, Brazilian music, Arabic music, Malaysia songs, Ballads, Chanson and Canzone. After I left these works, I release works of music across to many genres as Didier Merah.

I was born in 1964. When I was born, I had a breathing problem and a close shave with death from a lungs inflammation. And I lost my voice. Therefore I tried to voice training then I got my voice at last.

When I was a child, I was very sensitive to sound. I learned to play piano by watching other people play. At age of 2, I listened to music only once and I was able to play it by ear with both hands. At age of 3, I began to study classical piano.

Because I have both perfect pitch and eidetic memory, I just know the whole piece with only the quickest glance at the score. Therefore I had not been troubled with piano lessons, and I was easily able to play a set piece from memory.

When I was very young, I was bored with rote learning method of playing the piano. Therefore I naturally became interested in composition and improvisation. At age of 9, I performed my first improvisation play in public.

While enrolled in Toho Gakuen College Music Department, I studied piano under Satoko Tokumaru and Kazuoki Fujii, and studied composition under Akira Miyoshi and Tokuhide Niimi.


Didier Merahのひみつ:飛び出す絵本のひみつ

Didier Merah(ディディエ・メラ)にとって、楽譜は飛び出す絵本のようなものなんだそうです。

どういう事かと言うと、音符が紙から飛び出して、視界に飛び込んでくるように感じられるんだそうです。わざわざ目で追っていく必要はありません。視界の片隅にでも入っていれば、音符のほうが自分から飛び込んできてくれます。

物心ついた頃からずっとそうだったので、楽譜は誰が見ても飛び出して見えるものだと、ずっとずっと信じていました。種も仕掛けも無いのに立体視になるワケないのですが、本人は至って本気。まさか、ほかの人には飛び出して見えてないだなんて、思ってもみなかったようです。

良い楽譜ほど、音符が良く飛んできます。飛んでこない楽譜は、つまらないダメな楽譜。見たまま一目瞭然なので、とても簡単です。なので、ある新人の用意した楽譜にこんな風にダメ出ししたこともありました。

「こんな譜面ダメ。飛んでこない。やり直し。」

言われる立場からすると、ちょっと理不尽な気もしますね。でも言っている本人は一目瞭然のつもりなのだから仕方ありません。話が通じてない事にすら気付いていなかったので、その事について不思議に思ったこともありませんでした。

でもひとつだけ、ずっと不思議だった事がありました。5分の曲なら5分くらい、10分の曲なら10分くらい時間を掛けて、あるいはそれ以上の時間をたっぷり掛けて、食い入るようにじっくり楽譜を見つめている人がいるのです。

「あの人はいったい、何をしているんだろう?」

ある人は、演奏前に当然必要な作業であると主張しました。初見演奏の場合は、特に不可欠な事なのらしいです。またある人は、演奏前にそれをしないのは怠慢であるとさえ主張しました。

まったく意味が分かりません。だって、来たタマを打てば良いだけなのに、いったい何の話をしてるんだろう。ひょっとして、物凄く目が悪いのかも。

「良く見えないの? 眼鏡を掛けたら、きっと良く見えるようになるよ」

これには、ちょっと自信がありました。だって、それ以外に考えられないじゃないですか。でもなぜか、冗談を言ったのだと勘違いされただけでした。謎は深まるばかりです。

結局、その秘密が解き明かされたのは、ごく最近になってからでした。

「大抵の人は、音符が飛び出して見えたりしないし、5分の曲の全体を0.5秒でイメージしたりも出来ないんだよ。だから、時系列に順を追って音符を読みながら、ひとつずつ音をイメージしていかないと、曲の全体像を把握できないんだ。」

「え? そうなの?」

世の中には不思議なことがいっぱいですね。



Didier Merahのひみつ:『アーティスト情報』更新

Didier Merah(ディディエ・メラ)のアーティスト情報を更新しました。

日本在住の作曲家、演奏家、作詞家。

桐朋学園大学演奏学科ピアノ専攻、卒業。
桐朋学園大学音楽学部作曲専攻、研究生として修了。

過去に携わったジャンルは、クラシック、現代音楽、ポップス、スパニッシュ、アルゼンチンタンゴ、キューバンサルサ、ブラジル音楽、アラブ音楽、マレー歌謡、シャンソン、カンツォーネ等、多岐に渡り、その幅広いバックボーンに裏打ちされた、ジャンルを超えた音楽作品を生み出し続ける。


1964年生まれ。呼吸器系に障害を持って生まれ、生後まもなく肺炎で生死の境を彷徨った。死の淵からは生還したものの声帯が機能しなかったため、物心付く前後に特別な発声訓練を受け、やっと自分の声を手に入れた。

音に対する感受性は人一倍鋭い子供だった。見よう見まねでピアノを覚え、2歳の時には、一度聴いた曲を両手で演奏することが出来た。ピアノ教室に通い始めたのは3歳の頃から。

絶対音感と映像記憶を併せ持っており、楽譜を眺めるだけで曲の全体像が自然に頭のなかに飛び込んできた。そのためピアノ教室でのレッスンに詰まったことはなく、1週間分の暗譜の課題を数時間程度の一夜漬けでこなしていたという。

既存の曲を覚えて弾くだけの作業は、幼い子供には退屈だったこともあり、作曲や即興には自然に興味を持つようになっていった。初めて人前で即興演奏を披露したのは、9歳の時。

大学在学中は、ピアノを徳丸聡子氏、藤井一興氏に、作曲を三善晃氏、新実徳英氏に師事した。


2009年9月、Didier Merah名義で新たな活動を開始。
2012年1月、iTunes Storeにてファーストアルバム『2012』をリリース。
2012年4月、iTunes Storeにてセカンドアルバム『Tales of Kono Hana Sakuya』をリリース予定。

内容は折を見てまた更新していきます。


2011年7月25日、記述を一部修正しました。
2012年4月14日、記述を一部修正しました。

Didier Merahのひみつ:はじめてのピアノ

Didier Merah(ディディエ・メラ)がはじめてピアノを弾いたのは、2歳のころだそうです。

もともと家にピアノがあって、家族が弾いているのをそばで見ていました。それで、叩くと音が鳴るというのは、なんとなく理解していました。

「叩けば音が鳴るなんて、なんて便利なの」

あるとき親に、「向こうでひとりで遊んでなさい」と言われ、「よっしゃ!」とばかりにピアノに向かいました。テレビで聴いた歌謡曲を歌いたくて、自分で伴奏を付けようとしたのです。

「私が歌うんだから、伴奏が必要よね」

なぜ伴奏が必要だという結論に達したのかは、誰にも分かりません。

まず、白鍵を順番に叩いてみました。

「あれ? 足りない音があるな?」

しかし、それからすぐに黒鍵に気がついて、叩いてみました。

「よし。これなら一通りの音が出るな。使えそう」

それで歌謡曲の弾き語りをしました。テレビで聴いただけの歌を2歳の子供が。しかも両手で弾きながら、歌声も高らかに。本当はペダルも使いたかったのですが、残念ながら足が届きませんでした。

台所仕事をしていた親は、あまりのことにビックリしすぎて、包丁で手を切ってしまったそうです。それで大騒ぎになったので、そのころのことは今でも記憶に残っているそうです。


それからも、ピアノの弾き語りをしたがったのですが、なかなか許してもらえませんでした。かわりに歌謡曲のレコードをたくさん買ってもらいました。

「歌謡曲が好きなら、これでしばらくおとなしくなるだろう」

ところがその日のうちに、ぜんぶ聴いてぜんぶ覚えてしまいました。それでとうとう親も根負けして、ピアノの弾き語りを許しました。それからしばらく、いろんな曲を弾き語りして遊んでいたそうです。

ピアノを習い始めたのはその後、3歳になってからのことでした。

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